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港区 「虎ノ門・愛宕・芝」 虎の門から裏道・坂道をたどって増上寺へ

2024-11-29
11 min read

港区 「虎ノ門・愛宕・芝」 虎の門から裏道・坂道をたどって増上寺へ

寄り道散歩 (2024/11/20 12:50)
虎の門周辺から芝方面へは桜田通りや愛宕下通りを南下するのが一番の近道。今回は西側の台地の縁を上ったり下ったりしながら遠回りをしてみよう。坂道、名所、博物館に高層ビル、見どころいっぱいの裏道散歩になるはずだ。

0東京メトロ銀座線「虎ノ門駅」
改札を出て11番出口へ向かう。
寄り道散歩 (2024/11/20 11:13)
道案内 「江戸城外堀跡地下展示室」へ
「江戸城外堀跡地下展示室」へ
11番出口手前にあるエスカレーターには乗らず、左横の階段を上がる。
11番出口を目指して進む
階段を上がる
階段を上がると展示スペースに出る
1「江戸城外堀跡地下展示室」地下の通路に展示室
外堀の石垣をガラス窓越しにすぐ近くで見ることができる。地図や古写真を使った解説もあり、外堀の遺構に関するわかりやすい展示になっている。
寄り道散歩 (2024/11/20 11:14)
道案内 「文部科学省・文化庁」へ
「文部科学省・文化庁」へ
階段を上がって11番出口から地上に出ると、すぐ右に文部科学省のビルがある。
右前方の通路を奥に進み中庭に入る。
更に階段を上がる
建物と建物の間に通路があるので進む
2「文部科学省・文化庁」レトロな外観と江戸時代の石垣
昭和8年竣工の旧文部省庁舎の外観等を残しつつ新しいビルに改修した。中庭部分に入ると、「さざれ石」や「江戸城外堀の石垣」の展示を見ることができる。
寄り道散歩 (2024/11/20 11:16)
道案内 「溜池櫓台の石垣」へ 見どころポイント有り
「工部大学校阯碑」へ
11番出口まで戻り、外堀通り沿いの歩道に向かう。
外堀通り歩道を右へ(赤坂方面)進む。
少し先の右側に古い煉瓦でできた記念碑が立っている。
11番出口方向に向かう
出たらそのまま目の前の大通りに進む
大通りを右に曲がって進む
右側に「工部大学校阯碑」が置かれている
a工部大学校阯碑
明治6(1873)年、東京大学工学部の前身である工学校がこの地に開校した。学校は明治19(1886)年に本郷に移転し、建物は博物館等として利用されていたが関東大震災で倒壊する。昭和14(1939)年に、残された建造物の一部を使ってこの碑がつくられ、跡地に置かれている。
寄り道散歩 (2024/11/29 10:21)
「溜池櫓台の石垣」へ
碑の前を過ぎさらに直進する。
歩道橋があるので渡る。
歩道橋を下りた左側の植え込みの中に石垣が一部だけ見えている。
前方に見えてくる歩道橋をくぐる
歩道橋をくぐった先に階段があるので上がる
上がったら道の反対側に渡る
渡り終えたら左側にUターンする
3「溜池櫓台の石垣」埋められた石垣と消えた坂道・葵坂
この石は、外堀が曲がっていた場所のカドに置かれていたものである。かなりの高さまで積み上げられていた石垣がすっかり埋まってしまい、今は先端しか顔を出していない。明治以降の埋め立て・盛り土のため、周辺の風景は一変した。目の前の「商船三井ビル」の裏には歌川広重の浮世絵にも描かれた葵坂があったが、その坂もビルや道路の下になり消滅した。
寄り道散歩 (2024/11/20 11:17)
道案内 「金刀比羅宮」へ
「金刀比羅宮」へ
歩道橋を下りてきたところまで戻り、遊歩道を進む。
ビルをくぐる道ではなく、左に曲がるように細道を進む。
階段を下りると左に「金刀比羅宮」の鳥居が見える。そこから中に入る。
歩道橋の先に進む
ビルの手前で左に曲がって進む
階段を下りた先で左に進む
左に進んでしばらくすると右側に鳥居が見えてくる
4「金刀比羅宮」(ことひらぐう)ビルに囲まれた都心の神社、神様は残った。
かつてここには讃岐丸亀藩京極家の上屋敷があり、その屋敷内にあった金毘羅大権現である。江戸時代は、毎月1回(十日)だけは町人も敷地に入って参拝できたのだそうだ。明治になって京極家はこの地を去ったが、神様は残ってくれた。金毘羅大権現から金刀比羅宮に改称したのもこの頃である。社殿正面には銅鳥居とよばれる金属製の鳥居が立っている。これは左右の柱に四神(青龍・朱雀・白虎・玄武)の彫刻がつけられている珍しいものだ。トイレあり。
寄り道散歩 (2024/11/20 12:13)
道案内 虎ノ門ヒルズステーションタワー」へ
虎ノ門ヒルズステーションタワー」へ
銅鳥居の前を過ぎ、入ってきたのと反対側の表鳥居から外に出る。
鳥居を出たら右に進み大通り(桜田通り)を直進する。
交差点「虎の門一丁目」と、すぐ次の「虎の門二丁目」を越えて直進する。
右側に高層ビルがそびえ、近づくと角に入り口があるが入らずに通り過ぎる。
少し先の、デッキ歩道橋の下にある正面入り口からビルに入る。
エスカレーターでB1に下りる。
ビル敷地内にある鳥居をくぐって外に出る
出たら右に曲がって進む
信号を渡った先にある歩道橋の下に入り口があるので入る
入ってすぐのエスカレータでB1に下りる
5「虎ノ門ヒルズステーションタワー」和洋中にエスニック、充実のグルメビル
森ビルによる虎の門地区再開発事業で建てられた4つのタワービルの一つで、令和5(2023)年に開業した。イベントホール、ギャラリー、ホテル、ショップなどからなり、なかでも飲食店が充実していて、B2は約30店舗、4Fには約20店舗が並ぶ。とくにB2の「T-MARKET」内にある「dam brewery restaurant」では、ここで醸造しているクラフトビールを味わえる。
寄り道散歩 (2024/11/20 12:22)
道案内 「江戸見坂」へ 見どころポイント有り
「虎ノ門ヒルズステーションタワー出口」へ
B1にあるカフェ「Espresso D Works虎ノ門」の横のエスカレーターで1Fに上がる。
左前方のエスカレーターで2F(Tデッキ方向)に上がる。
前方に出口があるので外の広場に出る。
左側奥にある「駐車場行きエレベーター」に乗り、1Fで降りる。

下りた右斜め前にある上がりエスカレータで上がる
上がったら左斜め前にあるエスカレータで更に上に
上がると目の前に出口があるので出て左に進む
進むと前方にエレベータがあるので乗って1Fへ
「東京経済大学発祥の地」へ
駐車場行きエレベーターを1Fで降りる。
道路に出たら、右に進む。
信号を渡ってから左折すると、右側に記念碑が置かれている。
下りて目の前の道を右に進む
信号まで直進する
信号を渡って左折する
道の反対側に渡る
b東京経済大学発祥の地
東京経済大学の前身である大倉商業学校が明治33(1900)年この地に創立された。創立者は大倉喜八郎。大倉財閥を築き上げた人物であり、すぐ隣にあるホテルオークラ東京も関連企業である。この一帯はもともと大倉喜八郎の広大な邸宅があった場所だ。戦災によって校舎は焼失、昭和21(1946)年に学校は国分寺に移転して現在に至っている。
寄り道散歩 (2024/11/20 12:26)
「江戸見坂」へ
直進すると上り坂になる。
歩道に坂道の標柱がたっている。
東京経済大学発祥の地の碑から前方をみると標柱がみえる
6「江戸見坂」ビルの谷間にひっそりと隠れた急坂
右に緩やかにカーブしながら上っていく、かなりの急こう配である。江戸時代この坂には上り下りがしやすいように階段状の段々が作られていた。その段の縁に腰かけて、江戸の街並みを見物している人物が描かれている浮世絵もあるが、今はまったく眺望はきかない。
寄り道散歩 (2024/11/20 12:27)
道案内 「菊池寛実記念智美術館・カフェダイニング茶楓・西洋館」へ
「菊池寛実記念智美術館・カフェダイニング茶楓・西洋館」へ
坂を上がると道が合流している。
目の前の横断歩道を渡り右に進むと美術館がある。
坂道を上がって直進する
横断歩道を渡って右に進む
少し進むと美術館の入り口が見えてくる
7「菊池寛実記念智美術館・カフェダイニング茶楓・西洋館」坂の上の美術館
実業家・菊池寛実(かんじつ)の娘で、同じく実業家だった智(とも)がコレクションした現代陶芸作品を展示する美術館だ。平成15(2003)年に寛実の自宅があったこの地にオープンした。併設されているカフェダイニング茶楓(さふう)ではおしゃれな雰囲気の中でランチや喫茶が楽しめる。美術館やカフェに入らなくても、菊池家が住んでいた煉瓦造りの住宅「西洋館」は外観だけだが見ることができる。月曜休館。(入館料は展示会ごとに決定される)
寄り道散歩 (2024/11/20 12:29)
道案内 「港区立みなと科学館・気象博物館」へ
「港区立みなと科学館・気象博物館」へ
美術館を出て右に進む。
カーブしている坂道を下る。
十字路を左折する。
すぐ角のビル内に科学館と博物館がある。
美術館を出て右に曲がって進む
坂道を下りていく
下った先に十字路があるので左折する
渡った先の左側の建物に入る
8「港区立みなと科学館・気象科学館」大人も子どもも楽しく学習
港区立鞆絵(ともえ)小学校の跡地に、「気象庁・港区立教育センター合同庁舎」として令和2(2020)年に完成したビルだ。気象庁は大手町からここへ移転してきた。1階には区立の科学館、2階には区立のプラネタリウムと気象庁の科学館が入っている。プラネタリウムは有料(大人¥600、小中高生¥100)だが、その他は全て無料。毎月第2月曜休館
寄り道散歩 (2024/11/20 12:31)
道案内 「愛宕隧道」へ 見どころポイント有り
c気象食堂
ビルのB1に食堂があり、一般の人も利用できる。日替わり定食¥750、カレーライス¥450など、とても懐にやさしい値段だ。昼時は混雑するので13:00過ぎがおすすめ。(平日のみ営業)
寄り道散歩 (2024/11/20 12:31)
「愛宕隧道」へ
科学館を出て右に進む。
先ほどの十字路で左折する。
大通り(桜田通り)に突き当たったら右折する。
すぐ横の信号で大通りを渡る。
渡ってそのまま直進すると先にトンネルが見える。
出て右に進む
横断歩道で左折して大通りに出る
大通りに出たら右折してすぐの信号で通りをわたる
信号を渡ったらそのまま直進する
9「愛宕隧道」23区内で唯一の山岳隧道
昭和5年に完成したトンネルである。23区内の山岳隧道(自然の山をくり貫いたトンネル)はここだけだ。
寄り道散歩 (2024/11/20 12:33)
道案内 「愛宕神社」へ
「愛宕神社」へ
トンネルを抜け、直進すると大通り(愛宕下通り)に出る。
ここを左折する。
左側に愛宕神社の入り口が見えてくる。
トンネルを抜けて直進する
交差点で左折して進む
愛宕神社の急な階段が見えてくる
10「愛宕神社」火災除け以外にも御利益あり
徳川家康が、火伏の神として京都の愛宕権現から勧請したのが始まりである。また家康は、護持仏として信仰していた勝軍(しょうぐん)地蔵菩薩像もこの地に祀った。このため愛宕神社は火災除けや勝利の神として信仰されてきた。勝軍地蔵菩薩像は、神社の別当寺である円福寺に祀られていたのだが、明治になって寺が廃寺となり近くの真福寺に移された。残念ながら関東大震災の時に焼失したそうである。寺では銅製のものを復元し、現在も寺の前に祀っている。
寄り道散歩 (2024/11/20 12:35)
道案内 「NHK放送博物館」へ
「NHK放送博物館」へ
社殿の左側へ行くと、広場の先にビルが見える。
社殿の左側の出口から出る
出ると目の前に放送博物館が見える
11「NHK放送博物館」入場無料
愛宕山のこの場所がNHK発祥の地。NHKの歴史や番組に関する様々な展示を見ることができる。体験コーナーやビデオシアターもあり大人も子供も楽しめる。トイレあり。
寄り道散歩 (2024/11/20 12:36)
道案内 「切通坂」へ 見どころポイント有り
「愛宕神社前交差点」へ
博物館を出て右に進むと、地上に降りられるエレベーターがある。
1Fに降りると、愛宕トンネルを抜けた場所に再び出る。
出て右側に進む
エレベーターで1Fに下りる
エレベータを降りた目の前の道を右に進む
信号まで直進する
「慈恵医大病院F棟」へ
交差点まで進み、横断歩道で大通り(愛宕下通り)を渡る。
渡ったら右に進む。
左側にレトロなビルがある。
交差点で反対側に渡る
渡ったら右に進む
しばらく進むと左側に見えてくる
d東京慈恵会医科大学附属病院F棟
建てられたのは昭和5(1930)年、当初は病院本館として使われていた。その後、名称が2号館・研究棟と変わり、現在はF棟と呼ばれている。今は使われておらず、今後耐震改修の予定らしいが詳しいことはわからない。
寄り道散歩 (2024/11/20 12:37)
「切通坂」へ
さらに直進する。
西新橋三丁目の交差点に出る。
歩道橋を使い、交差点の対角線側に渡る。
渡り終えたら、そのまま進む。
左側に坂道があるので横断歩道を渡ってから上がる。(すぐ横に公衆トイレあり)
道なりに坂道を上がっていく。
更に進むと歩道橋が見えるので上がる
対角側の階段から歩道橋を下に下りる
下りたら直進する
横断歩道を渡って左に進む
12「切通坂」別名・手まり坂の由来とは?
江戸時代、崖地だったところを切通して道がつくられたのでこの名があると思われる。ここには「時の鐘」が置かれていて、鐘をつく数で時刻を人々に知らせていた。近年、この坂のことを「手まり坂」とよぶことがあるが、その由来は何なのだろうか。坂上にある「緑地広場」にかかわりがあるのだ。
寄り道散歩 (2024/11/20 12:39)
道案内 「手まり坂緑地」へ
「手まり坂緑地」へ
坂道をさらに上がる。
道の反対側に芝中学・高等学校見えてくる、さらに直進する。
緑地広場がある。突き当りはオランダ大使館だ。
道の反対側に芝中学・高等学校がある
進んで行くと右側に広場が見えてくる
13手まり坂緑地
平成6(1994)年4月、この緑地広場が開設された。役所が緑地の名称を考えていると、区の関係者が「手まり坂緑地」を提案してきたという。理由は、●オランダ大使館の前なので、オランダと関わりのある名前がよい。●オランダ商館の医師であったシーボルトが外国に紹介したアジサイは「港区の花」のひとつ。この花に因んだものにしたい。●丸くボールのように咲くアジサイが外国では好まれ、これは「手まり咲き」と呼ばれている。この「手まり」と、「坂道」をくっつけて「手まり坂緑地」ではどうか。このような提案だったそうだ。もともと「切通坂」という名があるのに混乱するという意見もあったというが、区議会の承認を通って採用されてしまった。それ以来「切通坂」は別名「手まり坂」と言われるようになった。
寄り道散歩 (2024/11/20 12:40)
道案内 「東京都水道局芝給水所」へ
「東京都水道局芝給水所」へ
オランダ大使館の前を、道なりに左折して進む。右側に給水所の施設がある。
緑地をでて進む
オランダ大使館の前を直進する
14「東京都水道局芝給水所」元ハワイ王国公使館
明治29(1896)年竣工、明治31年(1898)給水開始。平成14(2002)年に改築をした現役の給水場である。改築時に給水所上部を公園として整備した。煉瓦造りだった旧建物の一部が壁部分に残されている。この場所には明治の初めころ、まだアメリカ合衆国に併合される前の「ハワイ王国」の公使館が置かれていたことはあまり知られていない。
寄り道散歩 (2024/11/20 12:41)
道案内 「東京タワー」へ
「東京タワー」へ
給水所の角を道なりに右・左折して進む。
信号に突き当たるので、ここを左折する。
「東京タワー」がもう目の前である。
道なりに進んで行く
左に曲がって直進する
横断歩道を渡ったら更に左に進む
坂道を下って行くと東京タワーの入り口が見えてくる
15「東京タワー」よく見ているけど入ったことがない
昭和33(1958)年12月開業。正式名称は日本電波塔。東京タワーは通称である。これは一般公募によって決められた。8万通以上の応募があり、多かったのが「昭和塔」「日本塔」「平和塔」などであった。「東京タワー」は200通そこそこだったらしいが、この名前が採用された。当時の展望台への入場料は120円。現在の十分の一である。展望台に上がらなくても、1F~3Fにはお土産店やレストラン・カフェなど多くの店舗があり、見るだけでも楽しめる。
寄り道散歩 (2024/11/20 12:43)
道案内 「増上寺」へ
「東京タワー前交差点」へ
元の道まで戻り、緩い下り道をさらに直進する。
信号「東京タワー前」で大通りを渡り右に進む。
すぐに左折して直進すると、右側に増上寺の入り口が見えてくる。
東京タワーをでて右に進む
下り坂を直進する
大通りの横断歩道を渡って右に進む
進んだ先の横断歩道を渡り左に進む
「増上寺」へ
すぐに左折して直進すると、右側に増上寺の入り口が見えてくる。
横断歩道を渡ったら左に曲がる
しばらく直進する
右側に増上寺の建物が見えてくる
進んだ先の入り口から中に入る
16「増上寺」徳川家の菩提寺
明徳4(1393)年、現在の千代田区平河町付近に真言宗の寺として創建された。後に浄土宗に改宗し寺号も増上寺に改めた。徳川家康が江戸入府するとその菩提寺となり、その後、日比谷付近を経て現在地へと移転する。戦前までは将軍6人(二代秀忠・六代家宣・七代家継・九代家重・十二代家慶・十四代家茂)の霊廟があったが戦災で焼失し、現在それぞれの墓所には宝塔が置かれている。黒本尊(阿弥陀如来像)は、家康が深く尊崇したもので、勝運を招く仏さまとして人々の信仰を集めてきた。1/15・5/15・9/15の年3回だけ御開帳される。
寄り道散歩 (2024/11/20 12:44)
道案内 「地下鉄の駅」へ
「地下鉄の駅」へ
大殿正面にある大きな「三解脱門」を抜けて寺の外に出る。

このまままっすぐ進めば「都営大江戸線大門駅」「都営浅草線大門駅」
左に進めば「都営三田線御成門駅」
右に進めば「都営三田線芝公園駅」
門を出る
門を出た先の横断歩道を渡って直進する
しばらく直進する
大門が見えてくる、大門の少し先に地下鉄の出入り口がある
17「都営大江戸線大門駅」「都営浅草線大門駅」
都営大江戸線・都営浅草線「大門駅」A6出入り口

寄り道散歩 (2024/11/20 12:46)
「都営三田線御成門駅」
都営三田線「御成門駅」A1出入り口
寄り道散歩 (2024/11/20 12:49)
「都営三田線芝公園駅」
都営三田線「芝公園駅」A4出入り口
寄り道散歩 (2024/11/20 12:50)

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寄り道散歩

寄り道散歩

狭い路地や不思議な地形が大好きで、時には地図やナビゲーションに頼らず表通りを外れた路地裏で迷子になるのも好きです。
どこに繋がっているのか分からないワクワク感がたまりません。



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